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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)305号 判決

控訴人・付帯被控訴人(被告) 六郷町長

被控訴人・付帯控訴人(原告) 小林清造 外一名

主文

控訴人の本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基き、原判決を取り消す。

附帯被控訴人が昭和三十一年三月八日告示して、した附帯控訴人両名に対する山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員の免職処分は、無効であることを確認する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人)(以下単に控訴人という)訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決及び附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)(以下単に被控訴人という)等訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、なお附帯控訴を提起して、主文第二、第三項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張の要旨は、原判決の事実に記載するとおりであるから、これを引用する。

当事者双方の立証及び認否は、左記の外は、原判決の事実に記載するとおりであるから、これを引用する。

(立証省略)

理由

一、被控訴人等が山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員会の委員であつて、被控訴人小林はその委員長、被控訴人斎藤はその副委員長であつたこと、控訴人が、六郷町吏員懲戒審査委員会設置の件、同委員会条例制定の件及び同委員会の委員選任につき同意を求める件等を付議するため、昭和三一年三月七日六郷町議会の臨時会(以下単に本件臨時議会という)を招集し、同日議会(会期一日)は地方自治法第一一三条の要件をみたして、会議を開いたこと、議長芦沢友愛が同法第一二九条第二項によりその日の会議を閉じる宣言をしたこと、町長派議員一一名が同日その後の会議において、前記付議事件を議決したこと、並びに控訴人が、右議決に基いて設置された六郷町吏員懲戒審査委員会にはかり、同月八日告示第一六号をもつて、被控訴人等に対し、地方自治法施行規程第三四条、第五〇条により懲戒免職の処分をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、被控訴人等は、第一に、本件臨時議会は、その招集手続に違法があつた、と主張するので、判断する。

地方自治法第一〇一条第二項には、普通地方公共団体の議会(以下単に地方議会という)の「招集は、開会の日前、都道府県及び市にあつては七日、町村にあつては三日までにこれを告示しなければならない。但し、急施を要する場合は、この限りでない。」と規定されている。ここに「急施を要する場合」とは、右日数の余裕をおくことができない程度に緊急に地方議会を招集する必要がある場合を指すのであつて、その急施を要するか否かの認定は、それが地方議会の運営上著しく妥当を欠くと認められない限り、招集権者すなわち都道府県知事又は市町村長の裁量に任かされているものと解すべきである。

本件の場合、成立に争のない甲第一ないし第三号証及び乙第九号証、文書自体から町役場発行の六郷町弘報又は控訴人が町民に配布した挨拶状と認められる乙第一〇及び第一一号証、原審及び当審証人遠藤伝の証言、原審証人渡辺恭孝、同望月武保、同遠藤篤夫、同加藤充親、同中込寿昭及び同依田徳重の証言並びに原審における被控訴人等本人及び控訴人本人の供述を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、六郷町では、町政につき町長を擁護する者とこれに反対する者とが対立し、事ごとに紛争を起したが、反町長派の者が、控訴人に交際費等町費の濫費その他の失政があるとして、辞職を勧告し、同人を告訴し、更に町長の解職を請求するため上田靖茂をその代表者として解職請求者の署名を集めるにいたつて、その対立と紛争はますます激化した。かくして、昭和三一年二月二十九日上田靖茂から六郷町選挙管理委員会に解職請求者署名簿一三二冊が提出されたので、同委員会はこれを受理し、翌三月一日から右署名簿の審査手続を開始した。ところが、被控訴人小林が同年二月二九日夕右署名簿を自宅に持ち帰つたこと、被控訴人等が同年三月一日頃町長解職請求事務所に出入したこと、被控訴人等が選挙管理委員会事務所で右署名簿を保管中、町長解職請求者とみられる者に夜間の監視をさせたこと、被控訴人等が署名収集受任者の武井兼男に町民の印を集めさせ、署名簿の氏名記載が自署であるか否かについての審査を疎略にし、当時町役場内にあつた選挙管理委員会事務所を他に移転しようと企ているとの噂があつたこと等から、控訴人は、被控訴人等が選挙管理委員としての義務に違反し、その職務を怠つて、選挙管理委員会の町長解職請求に関する事務処理の公正を妨げており、その公正を期するためには、被控訴人等を免職処分に付する外ないと考えた。しかし、地方自治法施行規程第四九条第三四条第四〇条によると、町長が選挙管理委員を懲戒免職の処分に付するのには、町吏員懲戒審査委員会の議決を経なければならないのに、当時六郷町には吏員懲戒審査委員会が設けられていなかつたので、先づこれを設ける必要があり、そのためには、控訴人が六郷町議会を招集して、前記のような事件を付議しなければならなかつた。ところが、前記のように、選挙管理委員会の町長解職請求者署名簿の審査が既に開始されていたので、控訴人は同年三月六日前記事件を付議するため、緊急に町議会の臨時会を招集する必要があると認め、町内七箇所の指定掲示場に、翌七日町議会の急施臨時会を招集する旨及び付議すべき前記事件を公示し、更に各議員に対してその旨を通知した。その結果翌七日議員二二名の全員が参集して、本件臨時議会が開かれた。以上の事実が認められ、この認定に反する原審及び当審証人芦沢友愛(原審は第一回)及び同河西政雄の証言は、信用することができない。

以上認定の事実によると、控訴人が本件臨時議会の招集を急施を要するものと認定したことは、議会の運営上著しく妥当を欠くものと断ずることはできず、従つて、本件臨時議会の招集は、地方自治法第一〇一条第二項但書により、必しもその開会の日前三日までに告示する必要はなかつたものといわなければならない。

しかし、議会の招集が急施を要する場合でも、議員及び一般町民が告示を知つて、招集に応じ又は会議を傍聴することができると通常考えられるだけの時間の余裕をおいて、その招集及び付議すべき事件(地方自治法第一〇二条第四項参照)を告示することは、必要であると解されるが、前記認定のように、控訴人は開会の前日本件臨時議会の招集及び付議すべき前記事件を告示し、更に各議員に対しその旨を通知し、その結果議員全員が参集し、また後記認定のように、町民多数が会議の傍聴にきたのであるから、控訴人がした本件臨時議会の招集手続には違法はなかつたものといわなければならない。被控訴人等の招集手続が違法であつたとの主張は理由がない。

三、被控訴人等は、第二に、議長の閉議宣言後の会議は、その開議手続に違法があつた旨を主張するのであるが、これに対し、控訴人は、議長の閉議宣言は職権の濫用であつて、無効であるから、その後の会議は閉議宣言前の会議の継続に過ぎない旨を主張するので、先づ果して、議長がした閉議の宣言が職権の濫用であるか否かについて、判断する。

地方自治法第一二九条第二項には、「議長は、議場が騒然として整理することが困難であると認めるときは、その日の会議を閉じ、又は中止することができる。」と規定されている。議会の円滑な運営を期するには、議場の秩序が維持されなければならないのであつて、その秩序を維持することは、議長の職務権限に属する。(地方自治法第一〇四条参照)、同法第一二九条第二項の閉議は、議長が議場の秩序を維持するために有する権能の一つであつて、議場が騒然として整理することが困難であるか否かの認定は、それが議会の運営上著しく妥当を欠くものと認められない限り、議長の裁量に任かせられているものと解すべきである。

本件の場合、成立に争のない甲第四号証の一ないし三、甲第五号証の一、二、乙第四及び第五号証(但し、乙第五号証中、「第一番議員より自治法第百十四条による請求書を提出する」との記載部分を除く。)並びに原審及び当審証人芦沢友愛(原審は第一、二回)、同河西政雄、原審証人小林大丈、同宮沢剛紀、同芦沢喜作、同上田靖茂、同武井兼男、同内藤弘及び当審証人渡辺寿磨の証言を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、本件臨時議会は、いつも議会の議場にあてられた町役場階上の会議室が当時選挙管理委員会の事務所に使用されていたので、町役場階下の畳敷の町長室(一六畳間)と、これに隣接する小使室(八畳間)とを仮議場として使用し、その中央部に、□の字型に座り机を並べ、その北側に議長席及び町長席を、その他の側に議員席を設けた。開会前既に、反町長派議員(議長及び副議長を含む)一一名は、付議事件が選挙管理委員の免職処分を目的とするものであることを察知して、その審議を阻止しようと企てており、町長派議員一一名は、付議事件の審議を促進して、あくまでその成立を計り、そのために地方自治法第一一四条による開議請求書に連署して、その提出をも用意していた。議場内には、約四、五十人の傍聴人が議場の南側、東側及び西側の議員席の後に接近して、前列は座り後列は立つており、議場外にも、議場内に入り切らなかつた約一〇〇人の傍聴人がその南側の廊下、その北側及び西側の屋外にガラス窓を距てて集つていた。議員全員及び町長等が着席して、同日午後一時三〇分頃議長芦沢友愛が開会を宣言し、先づ議会にはかつて、会議録署名議員として宮沢剛紀外二名を、指名した後、付議事件の審議に入ろうとしたところ、議員河西政雄(反町長派)が発言の許可を受けて、「議案は急施を要するものでないから、取りあげるべきでない。定例議会か臨時議会で審議すべきである。」との緊急動議を提出するや、発言の許可なく、小田切栄その他一、二名の議員(反町長派)が「賛成」、「賛成」と叫び、議員遠藤伝(町長派)が「そんなばかなことがあるか。急施を要するかどうか町長から説明を聞くべきだ。」と叫んで反対したのをきつかけとし、その後は各議員がその派の立場から、互に賛否を主張して、口論し、激昂するにいたつた。議員の中には、手で机をたたき、番号札でペン皿を割り、あるいは議席を離れてつかみ合う者さえあつた。傍聴人も、座つていた者は立ち上り、屋外の者はガラス窓を開け、それぞれ支持する派の議員に呼応して、反対派の議員と、又は傍聴人相互の間で、悪口を言い合い、騒ぎ立てた。その間議長は立つて、大声で、「静かに」、「静かに」と手を振りながら、数回制止したが、この混乱を鎮めることができず、遂に同日午後一時四〇分頃、「地方自治法第一二九条第二項により閉会する。」旨を宣言した。町長派議員は、「異議あり」と叫び、直ちに議員望月武保から、既に用意されていた前記町長派議員一一名連署の開議請求書が提出されたが、議長は、その日の会議を開かないで、右請求書を上衣のポケツトに入れたまま、副議長河西政雄外九名の反町長派議員と共に、退場した。以上の事実が認められ、この認定に反する乙第一七号証の記載内容、原審及び当審証人遠藤伝、同加藤充親、原審証人望月宗市、同渡辺恭孝、同望月武保、同遠藤政一、当審証人千野宗三、同小林智徳の証言並びに原審における控訴人本人の供述は、前掲の証拠に比照して、信用することができない。

以上認定の事実によると、議長芦沢友愛が、本件臨時議会の議場が騒然として整理することが困難であると認定したことは、議会の運営上著しく妥当を欠くものということはできず、従つて同議長がその裁量によつてした閉議の宣言を、職権の濫用とみることはできない。

控訴人は、議長芦沢が地方自治法第一二九条第一項による措置を講じないで、直ちに閉議を宣言したことは、職権の濫用である、と主張するのである。地方自治法第一二九条には、その第一項として、議長が、議場の秩序を乱す議員に対し、制止し、発言を取り消させ、発言を禁止し、又は退場させることができる旨が規定され、その第二項として、議長が、議場が騒然として整理困難なる場合に、会議を閉じ、又は中止することができる旨が規定されているが、これらの措置は、ひとしく、議場の秩序を維持するために、議長に与えられた権能であつて、議長が、第二項の閉議を宣告するためには、必ずしもその前提として第一項の措置を講ずる必要はないものと解されるから、控訴人の右主張は理由がない。なお控訴人は、議長芦沢が、議員に異議申立の機会を与えず、また議会の議決を経ないで、閉議を宣言したのは、職権の濫用であるとも主張するのであるが、既にくりかえして述べたように、議長が、議場騒然として整理困難な場合に、閉議を宣言することは、議長の権能として、その裁量に任せられているのであつて、そのことについて、議長が、議員に異議申立の機会を与え、又は議会の議決を経なければならないと解すべきなんら法令上の根拠はない。

以上の次第で、議長芦沢がした閉議の宣言が無効であると認めることができないから、控訴人が、それが無効であることを前提として、その後に行われた会議を、閉議宣言前の会議の継続であるとする主張は、全く当らない。

四、そこで、閉議宣言後の会議は、その開議手続に、被控訴人等が主張するような違法があつたか否かについて、判断する。

成立に争のない乙第一六号証、原審及び当審証人遠藤伝の証言、原審証人望月宗市、同渡辺恭孝、同望月武保、同遠藤政一及び当審証人小林智徳の証言並びに原審における控訴人本人の供述を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、町長派議員一一名は、既に認定したように、議長芦沢の閉議宣言後直ちに開議請求書を提出したが、同議長がこれを無視して、その日の会議を開かず、副議長河西政雄その他反町長派議員全員と共に、退場したので、議長及び副議長にともに事故があるときと認め、年長の議員望月武保を臨時議長として、仮議長に議員遠藤政一を選挙した。(地方自治法第一一四条第一項、第一〇六条第二項、第一〇七条参照)、この仮議長によつて、同日午後三時一五分頃再び会議が開かれたが、反町長派議員一一名は出席せず、町長派議員一一名のみが出席して、前記付議事件を議決した。

以上の事実が認められるのであるが、この開議について、仮議長から各議員に対し、六郷町議会会議規則第三九条による議事日程が配布された事実はもちろん、反町長派議員一一名に対し、開議とその日時が通知され、又はこれらの議員が予めこの開議を知つた事実も、これを認め得べきなんらの証拠がない。

そして、(既に認定した事実によると、この開議は急施を要するものと認められるのであるが、)たとい開議が急施を要する場合でも、少くとも各議員に対し、開議とその日時を通知する必要があることは、六郷町議会会議規則(甲第六号証)第三九条の趣旨から明らかであるから、反町長派議員一一名に対する開議とその日時の通知がなく、しかも同人等の出席なくして開かれた会議は、その開議手続に違法があり、このような会議においてなされた前記付議事件の議決は、その他の点について判断するまでもなく、すべて無効といわなければならない。

五、既に述べたように、町長が町の選挙管理委員を懲戒免職の処分に付するには、町吏員懲戒審査委員会の議決を経なければならないし、地方自治法施行規程第四〇条によると、同委員会の委員は、町長が町議会の同意を得て命ずることになつているが、右の如き無効な議決による六郷町吏員懲戒審査委員会条例及び同委員会の委員選任に対する同町議会の同意に基いて設置組織された六郷町吏員懲戒審査委員会の議決を経て、控訴人がした被控訴人等に対する懲戒免職の処分は、その他の点について判断するまでもなく、無効といわなければならならない。

以上の次第で、右懲戒免職の処分が無効であることの確認を求める被控訴人等の第一次の請求は、正当として認容すべきである。

六、よつて、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却するが、原判決は不当であるから、附帯控訴に基き、原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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